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小咄倉庫

2010年03月28日(Sun)
【貴方の腕の中で私は(日和/魚太)】

※「存在意義」の太子sideっぽいです。


「ほんと妹子って、ノリが悪いんだよね。いつも幸薄そうな顔しちゃってるしさ〜。どう思う竹中さ…」

私の言葉は、そこで無理矢理遮られた。
彼に抱き締められることによって。


■貴方の腕の中で私は■


今日は(自分で言うのもなんだが)珍しく仕事をしようと思い立ったので、昼頃から自室に篭って書類に筆を走らせていた。
少し経ったところで様子を見に来た馬子さんに「珍しいこともあるものだな、太子」と相変わらずなキツイ一言を言われ、それに対し内心冷や汗をかきながらも「はははは…」と愛想笑いを浮かべる。
黙々と作業をし続け、ふと書類から顔をあげると、障子の向こうに見える空が、夕焼け色に染まっていた。

「ありゃ、いつの間に…」

集中するとすぐコレだ。
下手をすると一日二日は平気で仕事に没頭してしまう時もある。もちろん、一睡もせずに、だ。

(極度の集中型なんだよな、私って)

ひっきりなしに動かしていた筆を置き、ふーっ、と大きく息を吐いてから背筋を伸ばす。
心なしか、身体が重い。
次の瞬間、今まで全く感じなかった倦怠感がどっと押し寄せてくる。

「……疲れた」

背筋を伸ばすために上げた両手をそのままに、後ろにバタンと倒れ込んだ
やはり、一気にこれだけの量の書類を片付けるのには、なかなか体力が要る。

「私ももう年かな……」

切ない独り言をボソリと漏らしていると、部屋の外から「太子」と誰かが自分を呼ぶ声がした。
この声は―――

「竹中さん?」
「うん、入ってもいいかな、太子」
「あ、どうぞ」

そう言うと、スッと音もなく襖が開き、長身の青年(後頭部は魚だが…)が部屋に入ってきた。

「いらっしゃい、竹中さん」
「こんばんは、太子」

にこりと笑顔で挨拶すれば、向こうもその整った顔を綻ばせる。
来客用の座布団を敷き、竹中さんがそれに座ったところで、「どうしたの?こんな時間に」と尋ねる。

「いや、太子の顔が見たくなってね」

迷惑だったかな?と問われ、全然そんなことないよ、と勢いよく頭を横に振る私を見て、竹中さんが笑う。

竹中さんとは私が幼少の頃からの付き合いで、彼は私の知り合いの中でも数少ない親友であり、家族とも言えるような存在だった。
彼は度々こうやって私の元を訪れてくれる。
その度に、私達はこうして、ただ何をするわけでもなく、ダラダラとくだらない話を交わすのであった。

「――だからさ、ほんと妹子って、ノリが悪いんだよね。いつも幸薄そうな顔しちゃってるしさ〜。どう思う竹中さ…」

今まで黙って私の話に耳を傾けていた彼の手が、私の腕を掴む。
その行動に疑問を抱く暇もなく、グイッと力任せに引っ張られ、近くにあった机に足がぶつかり、ガタンと派手な音がした。

「太子」

名前を呼ばれて、顔を上げる。
竹中さんの顔が、すぐ目の前にあった。

ああ、抱き締められているのか。

そこでやっと今の自分の状態を理解する。

「太子」

竹中さんはもう一度はっきりと私の名前を呼び、腕の中に居る私に、親が子供をあやすような優しい口調で言った。

「泣いてもいいんだよ、太子」

背中に回された手が、より一層強く私の身体を抱き締める。

ああ。
そんな風に言われたら。
そんな顔で言われたら。
私は、

私は―――





涙が止めどなく頬を伝って、冷たい畳の上に落ちる。

「……たけなか、さん…」

(どうして、あなたは)

部屋の外で、誰かが走り去るような音が聞こえた気がした。


END

******
太子をほどよいタイミングで甘やかす竹中さんがいいと思う。


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